【神無鞠亜】
よく考えたら同棲だ、と思った。
「ん、どうした、鞠亜」
「い、いえ、なんでもないわ」
墜落した飛行機から降り、さっきまで「俺は悪霊になるー!」とかぎゃあぎゃあ騒いでいた空が、ようやく落ち着きを取り戻して私の隣を歩きながらこちらに顔を向けてくる。ちなみにさっきまで満身創痍だった彼だけど、私が霊力を少し分けてあげたので、今は歩けるぐらいには回復している。
それはそれとして。
……世界の危機とかですっかり忘れてたけど、私、コイツに好きとか言っちゃったんだな……。
「なんだよ、鞠亜」
「な、なんでもないわ」
「まさか、俺を改造でもする気か」
「この子ったら、すっかりひねくれちゃってまあ……」
で、今から帰る場所は当然神無家。藍璃と親権を巡って争っていたりはするものの、とりあえずは神無家に居着くはず。実際私についてきてるとことか、神無性名乗ってるとこ見ると、空も元通りうちに住む気満々だろうし。まあ、元々一緒に暮らしてはいたけどさ。
でも……これからは、ちょっと違うんじゃないかと思った。だって私、コイツに好きとか言っちゃってるし。
あ返事全然聞いてないけど。すっかりやさぐれている時に告白したから、なんかあしらわれちゃったし。今も……人類に復讐を誓っている時に気持ちを聞いても、ロクな結果にならないことは目に見えているから、聞けないけど。
それでも、少なくとも私の方から恋愛感情があるのは、告白してしまっているのだ。この状態で一つ屋根の下に住むというのは……。
「あ、鞠亜」
「な、なによ!」
急に声をかけられて、びくんと反応してしまう。空は目をパチクリしていた。
「な、なんだよ、鞠亜、その反応……」
「あ、いや。……こほん。なんでもないわ。そっちこそ、なによ」
「ああ。とりあえず俺達今、神無家向かってるよな?」
「え、ええ」
「でさ。体力的にアレだから、一晩ほどは休ませて貰いたいんだけど……」
「一晩?」
「ああ。一晩したら、出て行く」
「!」
足がぴたりと止まる。……あれ? 今、私……もしかして、捨てられた?
「……そう。私は、一晩限りの女ってわけね……」
「えぇ!? なに!? なんでお前の中でそんなことになってんの!?」
空が慌てているが、私は聞く耳を持たない。
「神無家の女を弄ぶと、後が怖いということ……知らないのかしらねぇ」
「別に弄んでないだろ!? っていうかなんかハイテクそうなわら人形取り出すな!」
私は「全自動丑の刻参りわら人形、のろのろ君」を舌打ちしながらしまう。
「ああ……一晩で姿を消そうなんて、この子、どこのゴルゴさんに影響されたのかしら……」
「されてねぇよ! だから、俺が出て行くっていのはだなぁ――」
「! さては藍璃ね! やっぱりあの子のことが忘れられな――」
「神無鈴音のところだよ! 式見の彼女の!」
「!」
予期してなかった名前に、私はよろっと一歩後退する。
「ま、まさか……ちゃんと登場さえしていない従妹に恋人を奪われるなんて……」
「だから、なんでそういう発想になってんの、お前!」
「しかも相手は彼氏持ち。……寝取られ! 寝取られなのね! これが最近流行の、寝取られというヤツなのね!」
「なんでだよ! なんで俺、神無空になってから、バンバン女と寝るヤツになってんだよ! そうじゃなくて――」
「そうじゃない? ハッ、まさか――」
「目的は神無鈴音だけじゃなくて、真儀留紗鳥とか神無深螺とか……その辺全員だって!」
「その辺……全員!?」
なに、この子! ハーレム!? ハーレム目指しているの!? え、それ、別の主人公じゃない!? あれ、私、何言ってるの!? 別の主人公って誰!?
「あ、しまった、また勘違いされそうな言い方したな……。ええと、俺が言いたかったのは、帰宅部全員ということで――」
「全員!? なんという……なんという式見蛍に対する仕打ち! どんな規模の寝取られなのよ! 悪魔ね! 空、貴方悪魔ね! 悪霊通り越して、悪魔の域まで墜ちたわね!」
「い、いや、そういうことじゃなくてだな……。あ、ほら、星川陽慈とかも含むわけだし」
「そっちの趣味もありなの!? 中目黒君なの!? 中目黒君なのね!? っていうか中目黒君って誰!?」
「知らねぇーよ! お前さっきから何一人でテンパってんだよ!」
「空……貴方は、私の手で成仏させておくべきだったのかもしれない……」
「素直に生還させてくれないかなぁ! そうじゃなくてさぁ……」
空は頭をぽりぽりと掻き、少し言いづらそうにしながら、もぞもぞと口を開く。
「合流して、零音を叩く」
「……へ?」
予想外の言葉に、私はぽかんと立ち尽くしてしまった。空は気まずそうにそっぽを向く。
「さっき話したろ、大体の経緯」
「え、ええ。……零音と式見蛍は行動を共にしているって……」
「そのことなんだけどさ。アレ、実は式見なりの作戦なんだわ」
「作……戦? え? いや、私も裏切られたとは全く思ってないけど……」
話を聞く限りでは、そういう事態になったのはイレギュラーだったはずだ。零音の気まぐれというか、策略みたいなものの結果のはずでは……。
「式見に刺された時にさ。抱きついて記憶を分けて貰った時の要領で、逆に、ナイフを通して意識を送り込まれたんだ」
「なんて?」
「『最悪な状況だけど、こうなってしまった以上最大限僕も利用させて貰う。零音の仲間になるよ。どうせ現段階じゃ勝てない。だったら、傍で弱点を研究させて貰った方がいい。それに、僕が傍にいれば機嫌良さそうだし、うまいこと、これ以上ヤバイことに手を出させないよう誘導しておく。だから悪いけど、もし生きて帰れたら、空は、僕の仲間……神無家や帰宅部にこの状況を伝えておいてほしい。頼んだ。あ、当然隙あれば一人で倒すよ』」
「…………」
「……状況伝えるだけでいいって願いだったけどさ。なんつうか……」
「そうも、いかないわよね……ここまで世話になって」
「だよな。鞠亜ならそう言ってくれると思った」
空はニッと笑って、私を見つめる。その笑顔に……少し、とくんと、胸がうずいた。……うぅ、なんなのよぅ、もう。なんか腹立つなぁ。
「そういうわけで、俺、帰宅部のヤツらと合流して、式見蛍奪還作戦に参加するわ。それが当面の俺の、生きる目的」
「…………」
はぁ。どうして私、こんなヤツ好きになっちゃったんだろうなぁ。私の告白とか、多分、すっかり忘れちゃてるよね、これ。しかも、平気で一人で行くとか言っちゃうし。……まったく。
私は一瞬だけ空を仰ぎ、音にならない愚痴を呟いた後……。
空の背中をぽんと、叩いた。
【神無空】
「……いやしかし、だからって、お前、この人数はどうよ……」
俺は特製自動車(鞠亜の自作! しかも運転幽子! 完全なる法律違反!)に乗り込んだメンツを助手席から振り返り見渡して、改めて肩を落とした。……こういうつもりじゃ、無かったんだけどなぁ。
「わたくしのドリフト、見せてあげますわぁ!」
いらん気合いを入れる運転席、幽子。身長的に、前が見えてるのかも怪しい。
「母親として、息子が遠くに行っちゃうのは見過ごせないもん!」
と、すっかり俺の保護者気取り、藍璃さん。……俺の憎んでいる発言とか、すっかり忘れてやしないか、この人。開き直るって、こういうことを言うんだろうな。
「藍璃までついてくるとは、予想外だったわ……。ハッ! やっぱりハーレム!? 時代はハーレムなのね!?」
マッドサイエンティスト・鞠亜は、脳みそがすっかり他の時空を捉えてしまっているし。
「世界を救った集団か……殲滅のしがいがある」
戦女神メイドさん・リエラは相変わらず、全く仲間ではない気がビンビンするし。
そんなこんなで。
「……お前等、ホントに一緒にいくの?」
『当然!』
「なーんか微妙にピクニック気分じゃない?」
『全然!』
とか言いつつ、なんか藍璃は「鞠亜ちゃん、サンドイッチ作ってきたの、食べるぅ?」とかやってるんだが。
「……世界や式見を救う気とか、ある?」
『全然!』
「全然なのかよ! そこは全然じゃ駄目だろ! バラバラ過ぎだろう、この集団!」
この通り、全員着いてきた。帰宅部と合流すると言ったら、なんかそれぞれの理由で、全員行くと言い出した。
多分こいつら、本気で状況が分かってない。鞠亜あたりはちゃんと考えてくれてそうだけど、昨日から脳みそとろけてるしな……アテにならない。
幽子が車を発進させる。不安だったものの、意外と、ちゃんとした運転だった。安心してシートに背を預け、車内の喧噪に耳を傾けつつ、窓の外を流れる景色を眺める。
……正直なところ、少しだけ、嬉しかった。
自分は生まれたばかりだと思っていた。空っぽの空。それでいいと思っていたし、それが、希望でさえあった。
だけど……少しだけ、違った。
名前が変わったのは最近だけど。俺の本当の誕生日は、やっぱり、化物屋敷で目を覚ましたあの日で。
そして。
その日から培ってきたものは、ちゃんと、この世界にあって。
生まれたばかりの自分にも、こんなに、心配し、ついてきてくれる人がいる。生まれは特殊だったけれど……それでも……兄貴。俺は、恵まれているよ。
俺にもちゃんと、家族が居たよ。
俺はふっと微笑み、ただただ窓の外を過ぎゆく穏やかな風景を――
「わ、鞠亜にババ行ったぁー。やった!」
「く、霊能力者をも欺くとは……藍璃、恐ろしい女!」
「トランプ……意外と奥が深いな、これは」
背後から聞こえてくる、女性陣の声。
「ダウト!」
「残念だったな、右坂藍璃」
「がーん!」
「リエラ……貴女、なんてセンスなの。このゲームは初めてと言っていたじゃない」
「甘いなご主人様。戦争を経験した私に遊びと言えど心理戦を挑むなど、愚の骨頂」
…………。
「……いっせーの、3!」
「ふふ、危ない危ない。いっせーの、4! やった、一抜けー!」
「く、こんな運の要素が大きいゲームなど……!」
ぷちん。
「遊ぶなぁーーーーーーー!」
俺はいい加減、キレた!
なんなんだよ、これ! 緊張感持とうよ! なにしに着いてきたんだよ、この人達!
しかし、俺が背後を振り返って怒鳴りつけたその瞬間、車体ががくんと揺れる。まさかマテリアルゴーストの襲撃かと冷や汗を掻いて前を見直すと――
「さ、峠まで来ましたから、飛ばしますわよー! アクセル全開!」
「全開にすんな!」
幽子が思いっきりアクセル踏んだだけだった!
「わー、凄い、凄いよ、空くん! 風景びゃーってなってる、びゃーって!」
「このスピード……動体視力の鍛錬になるな」
「流石私の作った車! 大気中の霊気をも取り込み常に進化を続けるこの性能! そんじょそこらの普通乗用車とはレベルが違うわね!」
「はしゃぐなーーーーーーーーーーーーーー!」
なんか体にすげぇGがかかってきてるし! 風景が早く通り過ぎてもうよく分からない!
拝啓、式見蛍様。
貴方を零音の手から助け出すのは、しばらく先になりそうです。
というより……。
「これがわたくしの必殺技……幽子、ドリフトですわぁあああああああああああああ」
「ぎゃあああああああああああ!」
「あ、ドアミラーが吹っ飛びましたわ。……ま、大丈夫ですわよね!」
「いやぁああああああああああ!」
帰宅部に合流出来るかどうかも、凄く怪しいです。
でも。
ごめんなさい。
正直。
「おい、ちゃんと運転しろよ、幽子!」
「ふふーん、知らないですわー」
「てめ……。くそ、鞠亜、このスピードどうにかならないのか!」
「あ、空、そこの横のボタン押して」
「ん、これか? ぽちっと」
「それこそ車体改造者達の浪漫、ターボボタンよ!」
「いぃぃぃやぁああああああああああああああああ!」
こんな、アホな日常が。
なぜか今は、たまらなく、愛おしいと思うんだ。
*
命からがら、車は峠を猛スピードで越え、今ははゆっくりと下っていっている。帰宅部の連中がいる街へと。
どこかぐったりとした気怠い空気が満たす車内。ふと訪れた沈黙に、今までとは違った空気を孕んだ声が響く。
「ねえ、空」
後部座席から、鞠亜に声をかけられて、俺は振り向いた。鞠亜の表情は、どこか、曇りがちだった。
「アンタ……今でも自分の生まれ、気にしている? 不幸だと……思ってるかな?」
多分、鞠亜は俺がなんと答えるか分かっている。そんなの今更だ。
でも、分かっていて、しかし、それでもまだ、不安だったのだろう。俺の口から、ハッキリ答えを聞きたいのだろう。
だから。それが、分かるから。
俺は……鞠亜の隣で同じように不安そうにしている藍璃を一瞥する。
「そうだな。不幸だ。すっごい不幸だ。こんな、バカバカしくて、苦労ばっかりの生活」
楽しそうに運転する幽子、すぅすぅと穏やかな顔して眠るリエラにも視線をやり。
そして最後に、鞠亜を……なぜか今は、目が合うと少し照れくさくなってしまう少女の目を、しっかり見据え。
「それに、これからずっと、マッドサイエンティストの霊能力女の隣、なんて……」
満面の笑顔で、答える。
「誰に頼まれたって、代わってやるもんか」
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