絶賛昼夜逆転生活中です。
なので「早朝に夕飯買い出し」みたいな変なことしているわけですが。
今日も今日とて「うちに食料ないし、弁当でも買いにいくか……」と明け方に出たのですが。
空気の冷えた薄暗い街では――
コケコッコーと、ニワトリの鳴き声が響いていました。
…………。
いや、うん、このブログ見て皆さん、「なんか胡散臭ぇ!」と思いませんでした? 私は自分で書いておいて若干思います。
なんの話かというと。
全然「話盛った」とかじゃなくて、実際、普通に鳴いてたんですよ、ニワトリ。……まあ、近所の人が飼っているんでしょうね、うん。別に変なことじゃないですよ。朝にニワトリ鳴く。普通っちゃー、普通ですよ、うん。
でもなんだろう、途端に「現実」が妙に嘘臭くなるというか。なんでしょうね、あれ。恐らくはドラマやアニメの表現で接しすぎているせいでしょうけど、あっておかしくないことなのに現実感無いっていう。
なんかちょっと笑っちゃったぐらいで。
まあ普段からニワトリ飼っている人とかにとってはいつものことなので感じることもないんだと思いますが、たまたま朝方外出た時に聴く状況だと、「え、なにこれ、ドラマ撮影中?」みたいな気分になります。
小説の表現でも、朝を描くときに「ニワトリがコケコッコーと鳴いていた」なんて書いたらなんかすげー浅はかな描写っぽいですよね。現実に、ちゃんとあることなのに。
これに限らず割とあるんですよね、こういうこと。「現実としておかしくないのに、表現すると妙にフィクション感出てくる要素」みたいなの。
いや、まあ、どう表現するのかということにもよりますよ。ニワトリの鳴いている描写だって「コケコッコー」と安直に書かなければ、まあそんなに違和感無いかもですよ。
でもその情景自体の持つ「創作っぽさ」は中々拭えないわけで。
他に例を出すと……うーん、同じようなケースで申し訳無いですが、「夕陽をバックにカラスがカー」みたいな。
ありますよ実際、そんなこと。うん。なのに、妙に「リアルじゃない」感がつきまとう。リアルなのに。現実にその光景、あるのに。
不思議なもんです。
事実は小説より奇なりって確かにその通りで、変な話現実はたまに創作より創作っぽいよなぁと思ったりします。
うん、この調子で行くとそのうち「謎の化物と日夜一人戦う美少女」とかにバッタリ出逢うことも――ないですよね、はい、そうですよね。大概、小説の方が奇ですよね、うん。
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