こういう仕事していると、他人とのズレっていうのに酷く敏感になります。
極端な話、自分の思う「面白い」と、他人の「面白い」が完全にズレたら、それはもう、作家……というか、エンターテイメントの送り手として致命的なわけで。
勿論、特例の様なケース(才能が迸り過ぎて凄いとか)もいくつかありますが、基本はそうあるわけで。
まあ何が言いたいかというと。
ジャンプで自分が好きな漫画が打ち切られる時、なんかその漫画への愛着とか以上の、
グサリがあるよね、という話で。
いや別に、最近そういうのがあったわけでもないんですけど。この話題書きだして、ふと「それが一番分かりやすい」と思ったもので。
なんだろうね、あの、自分を否定された感も若干入ってくる悲しみ。
いやぶっちゃけた話、九割ぐらいは「これ打ち切られるだろうなぁ」と思ったものが打ち切られているので、そこは別にズレちゃあいないと思うんですが。
ただそれだけに、残り一割の時のダメージでかいっていう。「あ、あれ? 皆……どこいったの?」っていう。
なんにせよ、致命的にズレたくはないものです。
逆に、「自分のつまらないと思ったものを、他人もつまらないと思ってくれている安心感」ってのも、ありますよね。なんか随分ヒネた話で悪いのですが。作品に対する否定意見って、いざそれが自分に向けられたらホント凹むのは事実なんですけど、でも、自分が何かの作品を見て「つまらないなー」と思った時に、ネット検索して絶賛意見ばかりだったら、それはそれで結構やだよなと思うわけですよ。まあだから、人気作は貶されてなんぼ、という理論にも繋がるわけですが(真の意味で万人に受ける、ということはそうそう無いので)。
まあそういう悲喜こもごもを見事に体現しているのが、ジャンプの打ち切りに関するあれこれっぽいですが。
そんなわけで、私は……というか作家さんとかは、今日も色んなズレに怯えております。
だからこそ、原稿提出して「担当さんの感想貰う」時の、緊張感ったら無いですよね。
そこが、最初のズレ判明ポイントですし。作家にとって、作品が世に出る前の担当さん感想って、1分の1ですからね(言い方が難しい)。そこで否定されたら、冗談じゃなく、世界を足下からぐらつかされるわけで。しかも長編の場合、一ヶ月なり二ヶ月なり……下手すると年単位で打ち込んできた成果の価値が判定されるわけですから、その重みたるやもう……。
また難しいのが、作家だけじゃなく、この担当さんは担当さんで、その仕事の性質上「ズレ」が非常に怖いという話で。
結果、そこの信頼関係が成り立たないと、本ってホント出すの難しいわけです。
ちなみに私の場合、担当さんとジャンプの話とかすると大体意見一致しているので、そこは安心です! なんと、打ち切られて悲しむ作品もほぼ一緒! これは非常に――
…………。
って、仕事にまでジャンプ基準持ち込むのって、どうなの!?
あと私、よく考えたら全然ジャンプ的価値観の作品書いてないし!
ま、まあ、世間とズレたくはないもんです、という話で。
…………。
あ、死にたがりとかハーレム王とか小四男子の主人公書いている件は、とりあえず、忘れておきます。
ちなみになんでこんな話を急に書き出しかというと、最近非常にアレな映画を一人で見まして、でもネットのレビューも低いのを見てなんだか妙にホッとする、という、不毛が過ぎる経験をしたせいです。ホント虚しい独身生活!
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