吉村加奈子の嗜好と、彼女の周りにちらつく霊の影に関連性があるのかどうかは、正直よくわからなかった。
とにかく、この「霊の影」が微小なのだ。何をしたいのか、よく分からない。
例えばそれが悪霊で、人を殺したいと思っているような類のものなら、もっと、体を乗っ取るなり、精神に多大な影響を与えてくるなりして、積極的にアプローチしてくるはずだ。
しかしこの霊体にはそれがない。
それが……何か、そう気味悪かった。
私はそうして蛍の入院の度に少しずつ調査することによって、とある結論に至った。
ヤツは、吉村加奈子についているんじゃない。複数の人間にちょっかいを出しているのだ。つまり……一人への干渉は微細。
そしてもう一つ気付いたこと。その、ヤツの影がちらつく人間は誰もかれも……重病人。いつ死んでもおかしくないというぐらい、体力の低い人間。
ことここに至って、私はようやく事態の深刻さに……異常さに……被害の大きさに気付いた。
決して強大な霊じゃなかった。だからこそ、気付けなかった。いや、多分、自身で自分の霊力を高めすぎないように配慮していたのだろう。なんて狡猾。なんて……残酷。
吉村加奈子についているんじゃない。
あの霊体は。
あの「病院」についているのだ
ぞくりとした。
それは……まるで死神だ。
大した干渉が出来ないことを知った上で。
的を病人に……体力の少ない病人だけに絞り。
じわり、じわりと、精神を、弱らせ。生への執着を、なくさせ。
そして、死に至らせる。
それは、決して強大な力で行われるわけではない。しかし……生と死の狭間を行き来している人間にとってそれは……驚異だ。三途の川の直前で踏みとどまっている人間の背中を、ちょんと、一押しだけする存在。
それが……吉村加奈子にちょっかいをかけている霊体……病院の死神だ。
私は学校でそれに気付き、焦った。霊の規模に反比例して、すぐに対処する必要のあるものだったから。蛍がその病院に居るということで動揺しすぎて、神無家への連絡も怠り、早退して、病院に直行した。
吉村加奈子の病状は、生と死を行き来するほどじゃなかった。なのにちょっかいを出されている。ということは……
『彼女は、あと一押しで、なにかを決断する直前だということ』
その思考に至り、私は更に病院に向かう速度を速めた。
吉村加奈子の嗜好は――
終焉――死――殺人。その一番の対象は……蛍。
今まではふざけているのだと思っていた。蛍と彼女は、なんだかんだで仲が良かったから。蛍を殺すというのも……彼女なりの、照れ隠しというか……そういう、可愛いものだと思っていた。
今なら分かる。
違う。まるで違う。
あそこまで仲が良いのに……それでもあんな物騒な行いをやめられないということは。
それは……。
もう、限界ギリギリだということだ。
『あと一押しだということだ』
私は息をきらせて走った。タクシーを捕まえる時間ももどかしく、駅に駆け込み、病院の最寄り駅で降り、また、走った。汗ではりつく制服を不快に思う余裕さえなく、走って、走って、走った。
病院に到着し、前面の庭を駆け抜け、院内に入ろうとしたその時――
「きゃあ!」
悲鳴が聞こえて、振り向いた。老人の車椅子を押した看護師が、上を見上げて、口を両手で押さえていた。
予感を伴って上を向く――
そこには……
「……っ!」
私は、その時ほど、肝を冷やしたことが、それまでなかった。
そこには……。
屋上から落ちそうになっている吉村加奈子を片手で、今にも落としそうになりながら必死の形相で……自身も落ちそうになりながら支えている、蛍の姿があった。
吉村加奈子の心を救ってあげられるタイムリミットは、とっくに過ぎていたことを、私はそこで知った。