女神公園。
そんな大層な、名前負けした公園が、この市にはある。
名前の由来? そんなものはない。市長が、「なんとなくカッコイイじゃん?」という理由で決めたという話だ。まあ、後付のように、公園内の噴水の中心には、「運命の三女神」とやらを模した女神像が、結構いい出来で飾られているが、それ以外は、至って普通の公園だ。
噴水があって、それを中心に広場があって、周囲にはカップルがイチャつくためとホームレスの寝床用でしかないベンチが噴水を取り囲むように配置され、あとは、各方面の入り口へと続く、少しだけ整備された小道があるのみ。
別に悪くは無い環境だが、女神などと名付けるほど、神聖な雰囲気のある公園でもない。
ただ、しかし、である。
「龍脈っていうのかしら? 私、そういうの興味ないから、詳しく知らないけれど。とにかく、霊気の流れがいい場所なのよ、あそこ」
そう言いながら、鞠亜は眠たそうにあくびをしながら、説明してくれた。
深夜2時。浅はかな知識でも、幽霊が出やすいだろうなと思える時間。俺、鞠亜、幽子の三人は、とりあえず様子を見て来ようと、問題の《オールド・ゴースト》が居ついてしまっているという公園に向かっていた。
本来なら事前に人払いの結界をかけておくべきなのだが、今回は、特にそっちに力を割く必要性はない。なぜなら……。
「しっかし、派手にやってるな、そいつも。ここまで、悪霊問題で一般に被害が及びまくるのなんて、初めて聞いたよ」
「そりゃそうよ。私だって、初めて聞いたもの、こんな派手なの」
「わたくしもですわ」
「幽子の見識はどうでもいいよ」
「……最近、わたくしに対する扱い、一層酷くなりつつありません? これ、いじめ問題じゃありません?」
幽子の疑問は無視し、俺は、鞠亜について公園へと向かっていく。
実際、今回の相手はかなり派手に動いているようだった。とにかく、公園を訪れる人間を片っ端から襲っているらしい。……しかも、尋常じゃない力で。
普通、霊体は物理的な干渉は出来ない。俺は最終的には体を手に入れるのを目標にしているが、それも、霊力を高めて、尚且つ、鞠亜の協力があってこそ、「出来るかもしれない」程度の可能性だ。普通の霊体じゃ、いくら霊力が高かったところで、物理干渉はできない。
今回の敵に関してもそれは同じなのだが、しかし、霊力量が圧倒的すぎた。今回の相手は……一般人さえ、「斬った」のだ。
厳密には、体は傷つかない攻撃だ。ただ……心を、霊体を、感覚を、斬った。「斬られたという感覚を、問答無用で与えられた」。
その公園に入った一般人は、体こそ傷つかなかったものの、想像を絶する激痛を与えられ、次々と昏倒したのだ。
今や、公園は、神無家の圧力で閉鎖中である。その上、神無家が事前に強固な結界を張っておいているらしい。
そのため、俺達は周囲の環境を気にしたりはしなくてよかった。
「そういえば、俺は、入れるのか? 公園。結界あるんだろう?」
「ああ、大丈夫。なんでもかんでも入れなくするわけにはいかないからね。神無家は、《神無家》の霊能力者の霊気には問題ないように結界張っているわ」
「俺、神無家じゃないけど?」
「大丈夫よ。事前に、幽子とリョウには私の霊気ちょっと分けてあるから」
「へぇ」
そんな会話をしつつ、公園に到着すると、鞠亜は「さて」と俺達を振り向いた。
「いい、リョウ。今回はあくまで『確認』。倒そうとは思わないで」
「分かってるよ」
「いえ、慎重に慎重を重ねて、やりすぎということはないわ。とにかく、見るだけ。どうせ手に負えないわ、これは。結局、神無本家に話を戻すことになると思う。従姉も、別に期待はしていないでしょうしね。ただ、私が手があいているから、話を持って来ただけで」
「……いやに弱気だな、鞠亜」
俺の言葉に、鞠亜は嘆息する。幽子も、「確かに、鞠亜らしくありませんわね」と首を傾げる。彼女は、腕を組んで唸った。
「そんなことないわよ。なんていうか……負ける戦いはしない性質なのよ、私は」
「ああ、お前、意外に脆いもんな、想定外に。俺と初めて会った時も、泣いて――」
「せい」
「ぐぁ」
なんか変な念で頭痛を引き起こされた。……なにこの西遊記の孫悟空状態。
「余計なこと言ってないで、さっさと行くわよ」
「お前が立ち止まったんじゃんかよ……」
「鞠亜……わたくしと張り合えるほど、理不尽な女ですわ……」
俺と幽子はげんなりしつつ、鞠亜の後についていく。彼女は早足だった。……泣いたの、かなり恥ずかしかったらしい。
ふざけた雰囲気を一旦ひきしめ、周囲と霊気に注意しながら前進する。
「……どうやら、噴水のところにいるようね。……相手にも気取られているでしょうけど」
流石に、鞠亜の方が霊力探知は高性能のようだ。彼女は顔を強張らせた。
「やっぱり……手に負えない感じの霊力よ。でもまあ……一応、視認はしておきたいわね」
そう呟き、そぉっと、慎重に噴水広場まで歩いていく。幽子の「足音ぴこぴこ機能」は、今は「忍び足モード」に鞠亜が切り替えたおかげで、本当に無音だった。俺はもともと浮遊移動だから、問題なし。
広場の見える位置にまで辿り着く。ゆっくりと様子を覗うと……。
「……うわ……」
噴水の上……女神像の上に、女神以上に神々しい存在が、浮いていた。
浮いて、まっすぐ、こちらを見つめていた。
綺麗なブロンドの長髪。日本人とは明らかに等身が違う体。メリハリのあるボディラインに、作り物のように整いすぎた顔立ち。
陳腐な、人間の勝手な想像で製作した女神像とは比べ物にならなかった。美人……とか、そういう域じゃない。神々しい。それしか、言いようがない。
悪霊であるはずなのに、彼女は、美しかった。鞠亜や幽子まで、見惚れてしまっている。
ブロンドの女性はしかし、女神というにはいささか物騒ないでたちでもあった。
手には異様に長く、きらびやかな大剣。体には軽装ながら、急所を守るための鎧。
戦乙女。俺の語彙の中から、なんとなく、そんな言葉が浮かび上がってきた。戦乙女って……なんだったけかな。神様かなんかだっけ。よく、思い出せない。
その女性は……しかし……。
〈……まだ、私の平穏を崩そうと言うのか……人間は。……私と……姉さまの平穏を〉
「姉さま?」
俺が首をかしげる。と、鞠亜がハッと気付き、「馬鹿っ! リョウ!」と叱責してきた。一瞬意味が分からなかったが……しかし、すぐに気付く。敵が……女神像の上から降りて、像を守るように、俺達に対峙している。……ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 流石に俺にだって分かる。アレは、俺が……いや、人間がどうにか出来るものじゃない。
〈姉さまと私の生活を乱す戦乱……戦乱の元凶……ニンゲン……。ニンゲン……貴様らに、この地に踏み入る権利は無い!〉
そう、彼女が言ったと思った瞬間。
「な――」
既に。
俺の体は上下に両断されていた。
「――リョウ!」
「くっ……。いや、大丈夫だ!」
自分の体が上下に完全に別れているのに一瞬混乱したし、痛みはあったが、しかし、幸か不幸か、俺は悪霊で、相手も霊体だ。致命的ダメージではない。
俺の体はすぐに元にくっつき、霊力ダメージはあったものの、なんとか原型をとどめた。
しかし、そうしている間にも、ブロンドの彼女……戦乙女の剣は高速で振るわれ、俺の体を次々と斬り裂いて行く。
腕、脚、銅、首。一秒でその四箇所を三回ずつは斬られた。
痛みだけが次々と押し寄せてくる。霊体だから死にはしないが、これは――
「……ぐぁぁぁあああああああああああああああ!」
「リョウ!」
耐えられない。いっそ、殺してくれと叫びたくなる。なんだこの地獄はっ! 痛みが終わらない! 死ねない!
戦乙女の頬が、ニヤリと、吊りあがる。
コイツ――! 分かってて、やってる! 俺がどういう痛みを受けているのか、分かって!
俺が成すすべも無く斬られ続けていると……しかし、唐突に、攻撃が止んだ。
〈!〉
見ると、彼女の体に、なにやら、蜘蛛の糸のようなものが巻きついている。その発生源を確認すると……足元で、鞠亜が、野球ボールぐらいの、奇妙な機械を作動させていた。よく分からないが、彼女の妙な発明の一つだろう。
幽子が叫んでくる。
「リョウ! 今のうちに逃げますわよ!」
その言葉に、鞠亜が、地面にボールを置いて、付け足す。
「この糸の効果は数秒しかないわ! 早く!」
その言葉と同時に、全員、一斉に走り出す! 俺は浮遊して、鞠亜と幽子は疾駆して。本来なら俺の浮遊移動はかなり早いが、今はまだ、あの痛みが尾を引いていて、二人の走る速度と同程度だ。三人で、道を駆け抜ける。
と――
〈ズバッ〉
背後で、糸が切り裂かれるような音がした。鞠亜が「早く、早くっ!」と叫ぶ。
そうだ。公園から出れば、ここには元々神無家が張った結界があるから、アイツは追ってこれない!
背後から何かが迫ってくる感覚。幽子と鞠亜が、先に、公園の入り口のラインを跨ぐ。俺もそのすぐ後を追うが、しかし……
〈逃がすかっ!〉
顔だけ振り返らせると、もう背後に迫ってきていた戦乙女の、大剣を振り上げる姿! 俺は……。
「ちくしょう!」
決断して、自ら、脚を剣に差し出した。瞬間、脚をももから切り裂かれる感覚。
「ぐぅ」
しかしこのままでは、先ほどのように、何度も高速で体全体を切り刻まれるのは必至。だから……
〈っ!〉
俺は、「脚を諦める」ことにした。融合は考えない! 折角稼いだ霊力がなくなってしまうが、でも――。
俺の脚は、丁度、彼女の顔にぶつかっていく。霊体だし、俺に攻撃の能力はないから、それは透けるだけだが、しかし――一瞬の目潰しには、なる。視界が、はばまれる。
そして――
ぐわん!
俺は公園の入り口をまたぎ、そして、戦乙女はラインを境界に止まった。彼女は、すぐに諦めたように、スッと、空中に消えて行く。
「リョウ!」
気付くと、鞠亜が、涙目で俺の脚を見ていた。……まったく、幽霊なんだから、別に大丈夫なのは分かっているだろうに……コイツは。
俺は、霊力を消費して、自分の脚を再生させる。そうすると、鞠亜と幽子はホッと胸を撫で下ろした。
そうして、三人で、一斉に、嘆息する。
『はぁ』
……ここまでどうしようもないのは、初めてだ。なんだあれ。レベルが違うって、こういうことを言うのか。住んでいる世界がまるで違う。……鞠亜の従姉め……。
鞠亜はさっと目元の涙を拭うと、何事もなかったかのように……しかし、頭に手をやり、呟いてきた。
「これは……どうにもならないわね」
「だな。どうする? 神無家に丸投げか?」
「うん。……でも、見た? あの霊力。あれ、取り込めたら、そうとう一気にいけるわよ。それに……」
そう言って、鞠亜は、もう元に戻った俺の脚を見る。
「今ので霊力……減っちゃったでしょう。体の部位をまるまる持ってかれたんだから、今までの吸収分が殆どちゃらになったとしても、おかしくないわよ」
「はぁ。……まあ、それは、取り返したいところだよな、確かに」
「でも、どうしますの? 取り込むとか、そういう状況じゃないですわよ?」
鞠亜は黙り込む。そうして……しばし黙り込み、最後に、とても……とてーも躊躇うようなしかめっつらをした後、嘆息と共に、言葉を吐き出した。
「仕方ない……協力を、要請しましょう。……アイツに」
「アイツ?」
「はあ……。やだなぁ。でも、神無家を経由しないで、尚且つ強力って言ったら、アイツしかいないし……」
「?」
鞠亜はぶつぶつと何か言っていた。俺と幽子は、ただただ、ぽかんと、顔を見合わせるだけだった。
* 翌日
「こんにちわー」
昼過ぎ、幽子をからかって遊んでいると、玄関から呼び声がした。生憎今は鞠亜は外出中だ。しかし、朝に「来客あると思うけど、幽霊見える相手だから、リョウが応対して」と言われていたことを思い出し、「はーい」と、玄関に出てってみる。幽子も、ぴこぴこと音を鳴らしながら、ついてきた。
そうして……玄関に出て、幽子が「ほわぁ」と息を呑む。見ると、目がハートマークだった。……わかりやすいやつ。
そこには、美少年がいた。昨日のあれであまりいい印象が無い、ブロンド、金髪。顔立ちも整い、神々しいとかではないものの、それとは別に、男の俺でさえ溜め息が出るような美少年だった。
しかし……その笑みは、どこか、邪悪に思える。……なんだコイツ。
訝しげに思いながらも、訊ねてみる。
「ええと……鞠亜は今出ているんですが……」
「ああ、聞いてますよ。なるほど、キミがリョウか。……ふむ。あははははは! いい、面白いなぁ! 最強の悪霊! いいじゃない! 面白いよ!」
「……はぁ。ええと、貴方は?」
「ああ、ゴメンよ、リョウ。自己紹介もしないで」
そう言って、彼は、ニコリと微笑む。そうして、しかし、どこか邪悪な雰囲気を漂わせたまま、俺に挨拶をしてきた。
「タナトス。タナトスは、タナトスといいます。あ、一人称もタナトスだから。気にしないで」
「……はぁ。ええと、それで、ご用件は?」
なんだろう、コイツ。なんか、マイペースなヤツだな。それに……なんか、好きになれそうにないし。
俺が頭を掻いていると、彼は、ニコリと、また微笑んできた。背後の幽子はもうメロメロである。「タナトス様~」とか言っている。……おいおい。
彼はしかし、俺にばかり視線を向けていた。そうして……その言葉を、告げてくる。
「タナトスは、キミのパートナーだよ。よろしくね、リョウ」
「はい?」
「だから。今回の件において、タナトスとキミは、パートナーだ。一緒に戦う戦友ってやつだよ。鞠亜さんに雇われたからね。……まあ、今度会う時にどうなっているか分からないけどね! アハハハハハハハハ!」
「…………」
…………。
……なんか分からんが、今回の事件、非常にドツボにはまった気がした。
はぁ。