「こりゃまた随分と……」
塔の入り口で上空を見上げ、俺はぽかんと口を開いていた。
世の中に絶望していた時ならまだしも、いざこれに立ち向かおうと思い立った現在としては、目の前の塔はこれ以上無いってぐらいに高い壁に見えた。
「塔っていうのがまた、やる気をなくさせるわよね……」
隣では鞠亜も嘆息している。確かに。
「ラスボスが居そう」っていう意味では、城でも良かったはずだ。以前のあの大事件の時の《繭》でもいいし。
なのに、今回は《塔》。
目標の地点まで行くのに、近道が無いのだ。
一本道が故に、迷うことは無い。しかし、だからこそ、通らない道もない。
つまり。
迎え撃つ側は、楽にトラップなり関門を仕掛けられる構造。
鞠亜が状況を分析する。
「現状で既に何階まであるのか分からない上、相手の能力を考えると、階層の追加ぐらい朝飯前でしょう。つまり……」
「この塔に正面から挑むっていうのは、相手の掌の上で遊ばれることと同じってことか……」
げんなりする。鞠亜から聞いた零音ってヤツのことは知らないが、少なくとも、初代リョウの性格の悪さはよく分かる。あれは、サディストだ。人をおちょくって楽しめるタイプの人間だ。彼が関わっているというだけでも、この塔には相当意地悪な仕掛けがあるだろうことは分かる。
俺は肩を落として、息を吐いた。
「とはいえ、上らなきゃ仕方ないようだからな……。鏡花も頑張っているのだろうし、俺らもとっとと――」
「じゃんじゃじゃーん! 《霊的存在&空間圧縮装置》~」
「……は?」
唐突に、鞠亜が、どこからかとてつもなく巨大な装置を取り出す。……ああ。ここ最近無かったから忘れてたが……コイツ、こういうヤツだったな。妙な発明品でよく俺を実験台に――
「って、おい、ちょっと待てぇい」
「ん?」
いつの間にか俺は、その巨大な機械の「カプセル」の中に閉じ込められていた。
「今俺は、一体、どういう状況にあるんだ」
「ああ、えっとね。この装置は、霊的なものを圧縮したり膨張したりするものなの」
「なんか今凄い身の危険を感じたんだが、気のせいか」
「気のせいよ、空」
「嘘つけ」
「でね。まあ、説明するのが面倒だから端折ると、結果的には、この塔の指定した空間まで一瞬でワープできる!…………はず」
「『はず』ってなんだ!」
「大丈夫。この装置製作には、アリス……タナトスの協力もあったから!」
「余計に怖くなったわ!」
「ちなみに、一度だけ悪霊捕まえて実験してみたけど……」
「どうなったんだ?」
「…………。……ところで空って、グロ耐性ある人?」
「どうなったんだよぉぉぉぉお!」
「よし、じゃあ、行くわよ!」
「やめてぇえええええええええええ!」
「ポチっとな。……あ、ちなみに私は、これで帰るわ。なんかもう私のレベルじゃないし、貴方達」
「無責任にも程があるだろぉぉぉぉお!」
と言っている間にも、機械の不気味な動作音が鳴りだし、そして、気付いた瞬間には……。
「…………」
なぜか服がボッロボロに切り刻まれた状態で、塔の内部に居ました。
「無事なのか、俺!」
とりあえず体に害はなさそうなものの、どうも自分が「グロい状態になるのと紙一重」だった気がする。
背筋に悪寒を感じつつ、とりあえず、服を物質化能力で修正しながら周囲の状況を確かめる。
何も無い、がらんどうの、円形の空間だった。
その端に、なにか妙に豪奢な扉。俺はゲームはよく分からないが……それでも、「奥に何か居ますよ」と自分から言っているようなデザインの扉だった。
「あの奥に、初代と零音が居るのか?」
霊気が感じられたりするわけではないが、そういう雰囲気ではあった。なにより、鞠亜の言葉を信用するなら「好きな地点にワープ」したはずである。となれば、最上階の、最後のフロアにいるのはとても自然だ。流石に敵の目の前にいきなりワープは危険なため、扉の前に指定したのかもしれない。
ふと気付くと、扉とは反対側の方向に、下り階段があることに気がついた。そちらの方向から、何か、弱々しい足音が響いてくる。
何かと思って身構えていると、そこから上がってきたのは……見知らぬ青年だった。女性的な顔立ちの青年。しかし、なんとなく、雰囲気が誰かに似ている気はする。
彼はこちらを見ると、ハッと目を見開いた。……よく見れば、なんか、満身創痍だ。さっきの俺と同じぐらい服はボロボロだし、髪もボサボサ。怪我が無いのが不思議なぐらいの状態だ。
彼は、俺を見ると、よろよろと近付いてくる。
「りょ……リョウ……なんで……もうここに」
「? えと……。……誰?」
「がーん」
なぜか青年は、その場でガックリとうな垂れてしまった。……なんだこの、薄幸が似合いまくるヤツは。こんな知り合いは居ない。さっきはなんとなく「鏡花に似てるな」と感じたが、彼女はもっとこう、毅然とした女だ。こんな不幸な男ではない。
とりあえず無害そうなのは間違いないので、近付いていってみる。
「えと……よく分からんが、大丈夫か?」
「しくしく……」
なんか泣いているよ、おい。どうも、マテリアルゴーストっぽいが……これは、あれか。なんか不幸な死に方した悪霊か。
「よく分からんが、まあ、とっとと成仏しろ」
「追い討ちまで!?」
「さっきからコミュニケーションが成立しないな……」
「僕、結構頑張ったと思うんだよ。……元々さ、僕なんて死にたがりの一般人でしかないわけだよ。そういう人間にしては、こう、割と世界の危機を救っている方ではあると思うんだ。今回の件にしても、ここまで道を切り開いたことに関しては、もっと評価されて然るべきだと――」
「? 何を言っているのか全く分からんが、塔のことなら、俺は、正攻法じゃなくて普通にワープしてきたぞ?」
「え」
青年が停止する。……なんかショック受けているようだ。
「いや、だから。こんなもん真正面から挑んだって弄ばれるだけなのは目に見えてるだろ」
「うぅ……」
更に泣き始めてしまった。……なんだこの霊体は。厄介な男だな。世界救った云々、妄言吐きまくりだし。これは無視した方がいいかもしれない。
「ええと……とりあえず、俺は今あんまり人生相談に対応している場合でもないんだ。そろそろ行っていい?」
「僕、そんな扱い!?」
「いや、初対面のお前にそんな思いいれねぇし……」
「ええっ!? っていうか、初対面って何! 僕だよ、僕! リョウ、そんなに記憶力無いのか!」
「……オレオレ詐欺?」
「なんでだよ! 世界の終末が迫ったこの状況で、なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!」
「だって俺、アンタ知らないし……」
「知らないはずないだろう! あんなに一緒だったのに!」
「SEED? アスラン?」
「そうじゃなくて! 僕だよ、僕! 式見蛍!」
「……誰?」
「がーん」
また泣いていた。……なんなんだこの悪霊は……。
……って、ああ、式見蛍。どっかで聞いた名前だと思ったら……。
「ああ、あれか。物質化能力をばらまいた諸悪の根源!」
「思い出してくれて嬉しいけど、そういう認識なんだ!」
「……で?」
「で、じゃなくて!…………。……もしかして、リョウ。気付いてない?」
「? 何が」
「……。僕、あの、水月鏡花だけど……」
そう言って、髪をぶわっと伸ばして身体つきを変える彼……というか、彼女。
「…………」
思考停止。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。
そして……。
「オ○マだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「それを言うなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
最終決戦の直前で、妙な仲間割れをした。
*
「まあ、状況は認識した」
「そりゃどうも」
あれから五分後。俺達は、ようやくお互いの状況説明を終えた。
水月鏡花と式見蛍の関係、及びこの塔の攻略状況。
俺の方は、神無空として生まれ変わったこと。そして、ここまで鞠亜の装置で跳んだこと。
鏡花の時は名前で呼び捨てしていたが、なんとなく相手が男となるとまた対応が変わる。
とりあえず、俺は彼を苗字で呼ぶことにする。
式見は、疲れた様子で俺を見た。
「しかし……それにしても、リョウ……あ、いや、空。随分スッキリしたようだね。正直、ここまで立ち直るっていうか、希望を持つとは思っていなかった」
「ん、ああ。まあ、うじうじしていてもしょうがないからな」
「……キミは強いね」
「…………」
式見蛍があまりに優しげに微笑むものだから、俺は一瞬呆けてしまった。
彼は、宙を眺めるようにして、独り言のように呟く。
「それにしても、『空』、か……」
「? なんだ?」
「ん、いや。ちょっとね。同じ名前の女の子のことを思い出してね……。とはいえ、喋ったのは一回だけだし、名前も後から知ったぐらいの、知り合いとも言えない人なんだけど」
「? 空っていうのか? それがどうかしたか?」
「ああ、『空』って書いて『えあ』って読む人だったんだけど。通り魔に殺されてしまったんだ」
「…………」
「……なんでだろうね。そんなに親しかった人でもないんだけど……よく、ふと、彼女のことを思いだすんだ。そして……なんとなく、彼女とキミは、似ているかもしれない」
「俺が?」
「うん。……空っぽの、空、か……」
「???」
なんだか式見蛍が神妙な空気になってしまっていた。……よく分からないが、あんまり楽しい記憶ではないようだ。
こんなところで士気を下げても仕方ないため、俺は自分の話題を切り出す。
「ところで、式見。一つ、頼みがるんだが」
「頼み? なに?」
俺は、一拍置いて、それを告げる。とある作戦があったのだ。
「抱きしめていいか?」
「…………。…………は?」
瞬間。式見蛍の顔が、しゅぼっと、真っ赤になる。
そして、身体能力をフル活用したかのような高速で、俺からズザザザザと離れる。
手をわたわたと振る式見。
「い、いや、空! ちょっと待って! あ、あの、ぼ、僕はこんな外見だから勘違いされがちだけど、決して、決して、そっち方面の趣味は無いっていうかっ!」
「いや、そうじゃなくてな……」
「いやいやいやいや! ああ、ごめん! 水月鏡花状態の時に、何か勘違いさせるようなことしていたのなら謝る! あの、その、他意はないんだ、うん! ああ、えっと、昔、男友達に告白されたこととかもあったけど、だからと言って、僕がそっちの方面に興味があったりするわけではなくて……」
「や、だから……」
「ちゃ、ちゃんと彼女もいるし! ノーマルだから! 女性の方が好きだから! い、いや、スケベだと思われるのも心外なんだけど、ほら、あの」
「いいから落ち着け」
「お、落ち着いたらどうするつもりだ!」
「いや、だから、抱きしめるだけだって……」
彼ににじりよる。すると、式見はまた無駄な体力を使って、すんごい高速移動で離れた。
「ま、待て! 話し合おう! 話せば分かる!」
「いや、抱かなきゃ駄目なんだ。うん」
「何が!」
俺も本気を出して、間合いを詰める。しかし式見は、また、超高速で逃げた。
……いい加減、俺もムキになってきた。
「てめっ! こら、逃げるな!」
「逃げるに決まってるだろ!」
高速でのバトルが始まる。
なぜか最終決戦直前に、「神無空VS式見蛍」が勃発していた。
「ちょっとでいいんだ! 抱きしめさせろ!」
「いやだよ! なにするつもりだよ!」
ズザザザザ! シュッ! スタタタタ!
「抱くんだ!」
「堂々と変なこと言うなぁーーーーーー!」
シュタッ! ズン! ヒュンッ!
「お、式見。水月鏡花時代の動きのキレが無いじゃないか」
ニヤニヤしながら、彼を追い詰める。式見は、恐怖に怯えた顔をしていた。
「く……。完全に体力も霊力も尽きてきた……」
尽きて、この動きか。一体、こいつの「全力」はどれほど凄いのだろう。
しかし……今は、俺の方が優位!
「ふふ……ふふふふ……」
なんか、実際はちゃんとした動機がある「抱く」発言なのだが、ここまでくると、俺も妙に高揚してきた。式見蛍の「薄幸青年」っぷりが、妙に嗜虐心をくすぐるのだ。
式見は、なにかこういうことにトラウマでもあるのか、既に涙目だ。
「う、うぅ……やめろ……来るなぁ……」
「ふふ……ふふふふ……でやぁ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
というわけで。
俺は、存分に、式見蛍に抱きつかせて貰った。
…………。
……と、当然、「とある作戦」のためだ。
「あ、抱き心地がいい!」とか思ったりは、全くしてない。
うん、してない。
俺は、ノーマルだ。
…………。
……と、思う。