【1】
《私》は自分の体の状態を確認する。
神無空とは違い、すべすべの手。小さな足。そして小ぶりに膨らんだ胸。
物質化能力で「鏡」を作り出し、顔を確認。……そこにはよく見知った顔……神無鞠亜の顔があった。
「マリア……だと?」
目の前では初代が驚愕に目を見開いて私を見ている。
私は一度深呼吸をした。……大丈夫。《馴染んで》いる。
今、私(俺)は――
神無空であると同時に、神無鞠亜だ。
体は完全に神無鞠亜のそれ。物質化能力で、完全再現されている。
そして、心は……。
私は、初代に……リョウに、ニコリと笑いかける。
「感動の再会に、声も出ないかしら」
「…………。悪趣味だな、ニセモノ」
彼は呆れたように息を吐いた。
「そんなモノマネを持ち出して……お前はどこまで《個性》が希薄なんだ」
「モノマネ? まあ、そうね。でも……私のモノマネは一流よ。なんせ、空っぽなのだから」
「馬鹿馬鹿しい」
「まだ自分の立場が分かってないようね、リョウ」
「なに?」
彼の舐めきった態度に……私は、自分の《能力》を見せ付けた。
式見蛍の《物質化スキル》と、私の《霊科学知識》を掛け合わせる。
「《代替の個性》」
右手に物質化能力、意志、霊力を集中させる。そして、《神無鞠亜の精神》を再現。
「――《霊的磁力》発生装置――」
「な――」
瞬間、右手の先に出来上がる無骨で歪な機械。それは……正に、《鞠亜のセンス》。鞠亜のセンスと物質化能力が合わさった、作成物。
リョウが混乱を来す中、私はそのマシーンを起動させる。
「スイッチ、オン」
くすりと笑い、赤いボタンを押下。瞬間――
「!?」
リョウの手から、剣銃が離れた。
彼の手から離れた二丁の剣銃は超高速でマシーンの正面、ゴミ箱のフタのような《入り口》に吸い込まれていく。
「なん、だと?」
リョウが呆然とする中、私は更に緑のボタンを押下する。
「霊力解体、吸収」
途端、発光するマシーン。直後には、私の体の霊力がいくらか回復した。……あの武器を構成していた霊力分だけ。
唖然とするリョウに対し、私は口の端を釣り上げて笑う。
「何を驚いているの? 私の得意技じゃない。《発明》は」
「まさか……バカな。これでは、まるで本物のマリアじゃないか」
「だから言ったでしょう。私(俺)のモノマネは、一流だって」
「っ!」
ことここに至って、ようやくリョウの顔に緊張感が走る。どうやら事態を正確に把握したらしい。彼は剣銃を作成し直すと、私に向かって構え直した。私はもう一度マシーンを起動させようと――
《ズンッ!》
したが、次の瞬間にはマシーンは彼の銃弾によって破壊されてしまっていた。
「あらあら。人の傑作をなんだと……」
「黙れ。お前は……危険だ。殺す」
目が変わっていた。その瞳には先ほどまでの余裕がまるでない。
私は一つ息を吐くと……ぽつりと、呟いた。
「どうやら、私の番は終わったみたいね」
「なに?」
「……《交替》」
刹那。
再び発光。次の瞬間には――
「久々に全力で戦えそうだな。この機会――存分に楽しませて貰おう」
「…………」
敵認識。初代リョウ。現在は、私を見て唖然としている。……どうやら、この「メイド服」が意外だったらしい。確かに戦闘の場には相応しくない容姿だ。しかし、仕方あるまい。それが、《神無空の中のリエラ》なのだから。
初代リョウはしかしすぐに判断を下した。私に向かって問答無用で発砲してくる。
私はその軌道をジッと見定め――そして、空のように大きくかわすことなく、数歩素早く小刻みにステップを繰り返すことで、全弾を難なくかわしきった。
初代リョウが舌打ちをする。
「……おいおい。モノマネってレベルかよ……完全に別人の動きじゃねえか……」
「その認識は誤っているな初代リョウ。私はあくまで神無空だ。空っぽの空という器に、彼が観察し続けてきた《リエラという個性》をインストールした躯体に過ぎない」
「空っぽ……か。おい、ニセモノ。個性だなんだと騒いでいたクセに、随分と姑息な能力じゃねえか」
「その通りだ。しかし、何も間違ってなどいない。人は人のマネをして学ぶ。私は姉さまに近付こうと努力し続けて、私になった。神無空は何も持たざる赤子だ。そして、自分にはまだ個性が無いことを正確に認識し、プライドを捨て他者の力を借りることを選択した。それだけのこと」
「……いちいち……いちいち癇に障るんだよ、ニセモノ!」
初代リョウが今までよりも更に速度を速めた連射で攻め立ててくる。しかし私は、それを完全に見極め、最小限の動きでかわしつづけた。こんなものに身体能力は関係ない。戦場で培われた経験則。敵の思考、殺気、視線、空気の流れ。そういったものを感じ取れる鋭敏な感覚。それさえあれば、力など微塵も要らない。
「ち――ならばっ!」
銃弾が当たらないことを悟った初代リョウが、片方の剣銃で連射を続けてこちらの行動を制限しつつ、もう片方の剣銃をブレードとして構え、私に突っ込んでくる。
「このタイミングならばかわしようがねぇだろ!」
「――ふむ」
残念だが。
バトンタッチだ。
「《交替》」
「っ!」
縮む体。先ほどまで首のあった場所を、ブレードが思いっきり空振りする。
そして。
「おほほほほほほほほほ! ワタクシ、幽子様にそんな攻撃が効くとでも思って――」
「…………」
無言でワタクシに第二撃を繰り出してくる愚民。ワタクシは慌てて叫びました!
「出番少なすぎですわっ! けど……《交替》!」
直後、彼の攻撃をかわしつつ、《私》は《緑色の札》を掲げる!
「《吸》!」
「ぐ――!?」
初代リョウの体からキラキラとした光の粒子が、札に向かって吸い込まれていく。状況を理解するよりも先に、彼はその場から飛びのいて大きく距離をあけ、効果範囲を離れた。
私は淡々と呟く。
「やはり、急ごしらえの札ではあまり効果ありませんでしたか……。まあ、マテリアルゴースト相手に霊力を直接吸引することが出来ただけ、よしとしましょう」
「貴様、一体……」
彼にとっては正体不明の相手らしい。私は、挨拶のためぺこりと一礼する。
「申し遅れました。私、神無深螺と申します。主に悪霊討伐を生業としておりますが、他にも最近では色々と雑務もこなしております。以後、お見知りおきを」
「クソッ、俺の知らない二代目の知人か……」
「いえ。私は主に《式見蛍の記憶》から構成されています」
「なに?」
「私……いえ、神無空は決戦前に式見蛍に抱きついて、彼の記憶を分けて貰いました。結果、個性の無いこの体の中には、彼本人のデータベースの他に、一時的にではありますが、式見蛍のメモリーも保存されています。私は、その中の一人ということですね」
「……ハハッ。ここまで来ると、その《空っぽ》も一つの個性だな……おい」
初代リョウは嘲るように笑う。
私はどうも《ここからの展開に適した人格》ではないようなので、戦略的に先を考え、ここで降板させてもらうことにします。
「《交替》」
「……てめぇが誰になろうと……殺すだけだっ!」
交替と同時に、初代が再度剣銃を構えて飛び掛ってくる。どうやら、近接戦闘で決めようという腹らしい。
《オレ》は交替と同時に、両拳に鋼鉄のナックルを顕現させ、二本のブレードによる連撃を完全にいなした。
「ちぃっ――一体今度は何者だ!」
「ひゅぅっ! いいねぇこの能力、体! 無力じゃない……オレも戦えるってのは素晴らしいなっ!」
「……無視かよ」
「ん? あ、わりぃわりぃ。オレは星川陽慈。蛍の……式見蛍の友人だ」
「最早なんでもありだな、神無空」
「誰にでもなれるってのは、過言じゃないってこった。こいつにゃあ、無限の可能性がある。……いや、本当は誰にだって、あるんだけどな」
「また随分と恥ずかしいセリフを堂々と言う男だな」
「うるせぇ! とにかく……友達の友達が困ってんだ! ハリキッて参戦させてもらうぜっ!」
「っ」
言うと同時にオレは地面を思いっきり蹴り、初代に近付く。彼はどうやらオレが近接スタイルだと悟ったらしく、上空に飛び距離をとりながら銃を乱射してきた。
しかし――
「しゃらくせぇっ!」
オレはその銃弾を、かわしもせず、全て両の拳で弾く!
「おいおい、デタラメすぎるだろう!」
「だぁあああああああああああっ!」
自身も跳躍して初代の懐に飛び込む。そして、銃としてのスタイルから剣としての使用目的に変更しようとするその一瞬の隙をついて、思いっきり腹に一撃入れた。
「が――」
「まだまだっ!」
畳み掛けるように顔と脇腹に数発叩き込む。そして最後に両手を組んで思いっきり、初代の背中に振り下ろす。
「――――」
彼は声をあげる暇もなく、塔の屋上へと激しく叩きつけられた。
しかし、ここで攻撃の手を緩めはしない!
オレは自身も落下しながら、叫ぶ!
「《交替》ぃ!」
うめく初代さんのすぐそばに着地する。動きの鈍い彼の傍にタタタッと駆け寄り、そして、その右肩に手を置く。
「?」
「《封》!」
ビリビリっと、自身の手から電流のようなものが流れる感覚。直後、初代さんは「がぁっ!」と雄たけびのようなものを上げ、私を振り払った。
「きゃっ」
弱々しく悲鳴をあげながら、尻餅をついてしまう。……うぅ、やっぱりこういう運動は苦手だ。
よろよろと立ち上がった初代さんが私をギロリと睨み付けていた。……怖い。
「で、貴様は……なんだ。俺の肩になにをした」
ダラリと右肩をぶら下げながら、私をにらみ付ける彼。
私は慌てて立ち上がりつつ、こほんと咳払いをし、人差し指をぴんと立てた。
「今のはですね。極めて初歩的な霊体弱体化の技です。マテリアルゴーストに応用を利かせるのは大変でしたが、蛍に物質化能力が発現した時からずっと一緒にいる私ですから、努力の結果、こういう応用技も可能となったわけでして。詳しい原理を説明すると――」
「うるさい。……どうやら、右肩の動きを封じられたようだな。再生さえ効かないとは……」
忌々しそうに私を……神無鈴音を睨みつける初代さん。
う。こ、これはどうやら、私の出る幕じゃなさそう……かも。
こういう圧倒的な威圧感に抵抗できるのは……。
「こ、《交替》!」
「…………」
「くくく。遂に私に出番が来たな。この時をどれほど待ったか! 真儀瑠紗鳥、いざ、主役の時!」
「…………でい」
バキュン。
撃たれた。自慢の長い髪が、ハラリと宙に舞う。
……………………。
実はすっごくびびったけど、とりあえず、不敵な態度は崩さない!
「ふん、甘いな、初代リョウ! 私ほどに成れば、そんなもの、簡単に見切れるのだ!」
「いや、今のはわざと外したんだが――」
「それさえも我が策の結果!」
「……なんか妙な抵抗はあるんだが、そろそろ仕掛けていいか?」
チャキッと二丁剣銃を構える初代。……やばい。まだ交替したくない。
「まあ待て、青年よ」
「お前、それほど年上じゃないだろう」
「よく考えてみろ青年。無益な戦いになんの意味がある。人の幸せは、こんなところにはないぞ」
「なんかよく分からんが、面倒臭いな、お前」
「見ろ、この綺麗な空を! こんな日は絶好の帰宅日和だ! さあ、帰ろう! 戦いなどやめて、我が家へ!」
「俺、住所不定だが。今はこの塔が家みたいなもんだが」
「…………。……いや、違うな。お前は、本当はそんな風に思ってない。自分の家は……帰るべきところは他にあると、どこかで信じているだろう」
私はスッと目を細める。彼は、明らかに狼狽していた。
「っ! なにを根拠に……そんな……」
「私は帰宅部部長だ。帰る場所のあるなしぐらい……目を見れば分かる。お前は、どこかに帰りたいと思っている。……神無鞠亜の家か? それとも――」
「黙れっ!」
瞬間、彼は私の眉間に向かって容赦なく発砲してきた。
しかし――
私はそれを、素手であっさりと受け止める。
「な――」
「ふ……分かった分かった。そろそろ私は退散しよう。《交替》だ」
私は最後まで余裕を見せつけたまま、次の人格へとシフトする。……内心めっちゃ焦ってたことは、表面上は隠しておくことにした。み、眉間に撃ってくるって予想、当たっていて良かった……。この体の運動神経がすこぶる良くて、助かった……。ふぅ。
《交替》する。
「……ふぅ」
「? もう、モノマネは終わりか?」
一端、《俺》に戻る。……本当なら、メモリーの中の《ユウ》になるハズだったんだが……式見蛍の意識みたいなものが、それを邪魔した。「代替と言えど、彼女はもう休ませてやってくれ」らしい。……どうやら、この人物は彼にとっては少々特別らしい。
俺は一つ息をついて、初代に向き直る。《代替の個性》で大分体力を削られたらしい。その瞳に余裕は一切なかった。
「なあ……初代。真儀瑠紗鳥も言っていたが、もう、やめにしないか?」
「…………」
「人類を滅ぼしたいって気持ちは、分からないじゃない。でも……それを為したところで、絶対、虚しいだけだぞ? そんなもの、お前にとってのハッピーエンドじゃ、絶対無い」
「…………だろうな」
意外なことに、彼はそれを認めた。
初代はしかし……どこか悲しげな瞳で俺を見つめると、キッパリと言い放った。
「しかし、俺は最後までこの目的を貫く。俺にはもう……それしか、ないからな」
「おい、いい加減に――」
「もう時間が無いんだ。俺はあと……数時間で、消える」
「…………は?」
頭が、真っ白になった。なにも言葉を返せなかった。
初代は、虚しさしか伝わってこない空笑いをする。
「俺は欠陥品だからな。最初から……命の……いや、存在の期限は、決まっていた。マリアは知らんだろうがな。些細な綻びだ。霊力の構成が狂う。ガンのようなもんだ。おっと心配すんな、二代目。てめぇの体はよく出来てるよ」
自嘲気味に笑う初代。俺はなんと言っていいのか分からなかった。
「で、二代目。こんな俺にとっての《ハッピーエンド》って、なんだよ」
「それ……は……」
何もいえなかった。
俺には……無限の未来がある。なんにでも、なれる。そういう、希望がある。それだけを拠り所として、前向きに生きることを決めた。
だけどこいつには……それさえ、無かったのだ。そんな、誰もが持っていい権利さえ……なかった。
生まれは御倉了の代替で。その役割さえまともに果たせなくて。悪霊として世間から疎まれ。果ては、命の期限まであって。
……そんなヤツに、俺が……常に優しい仲間に支えられて生きてきた俺が、何を言えるのか。
「人類を滅ぼす。普通に考えれば馬鹿げた思想だろうが……でも、俺にはもう、これしか見つからないよ。ハッピーエンドなんて無理だ。だったら……最後ぐらい、スカッとして死にたい。自分を不幸にした世界に、一発仕返しをして死ぬ。それが……俺にとっての、ハッピーじゃなくても、ベストなエンドだ。満足出来る死だ」
「…………」
「だから二代目」
彼が、俺に向かって剣銃を構える。
かわさなければ。《交替》しなければ。戦わなければ。
しかし……俺は、動けなかった。なにをしていいのか、分からなかった。
ただただ呆然とする俺に向かって――
初代は……一筋の涙を流す。
「そろそろ、倒れてくれ。……頼むからさ」
「――――」
彼の涙に、全く動けないまま。
気付いた時には、胸を銃弾が貫いていた。